情報誌「民家」

情報誌『民家』は、民家に関する初歩的な知識、民家をめぐる動き、民家再生の事例・体験記、民家バンク情報、民家活用・まちづくりの事例等々、広範な情報を提供しています。年6回発行です。

入会された方には「JMRA通信」と合わせてお送りしています。 ※ 見本誌申し込みはこちらから

2010年7月14日 (水)

73号(2010年7月発行)

1_2 中門造り民家
(新潟県柏崎市高柳町荻の島)
撮影=清沢和弘

巻頭インタビュー
里山と民家体験が子どもたちの感性を育む

木更津社会館保育園園長/宮崎栄樹さん

「子どもたちに木更津の森を体験させたい」
 私が園長を務めている木更津社会館保育園は、一九三八年(昭和一三年)に設立された長い歴史のある私立の保育園です。今は140名の子どもたちを受け入れています。  私は1978年に園長になったのですが、就任してから20年の間に、自分が目指した保育園ができあがった、目標が達成されてしまったと感じていました。  新しい何かを探して外に目を向けたときに、「そうだ、自分が育った木更津の森へ入っていこう」と思ったのです。そして 、1999年から里山保育を始めました。今年で11年になります。  本園は千葉県木更津市内の港の近くにありますが、里山保育をする分園は、そこから3キロほど山側に入った里山にあって、4、5歳児を年間70日ほど連れて行っています。子どもたちは三キロの道を歩いて往復するのです。最初は、ただもっぱら子どもたちと森の中で過ごすことが目的でした。泥んこになっても、多少、傷を作っても大人はほとんど手を出さずに見守るだけです。  ところが、里山保育を始めたら、自然と触れ合うことが少なかった子どもたちが、あらゆることをどんどん吸収していくのです。教えていないのに、オタマジャクシがどこにいるかわかる、虫のことも知っている、どの植物の実が食べられるかわかる、自分たちで遊びを発見する、子どもたちにとっては、山中が遊び場であり、学ぶ場になったのです。 そのことで私は、健康な体と豊かな感性を育てるには、森での保育が大切だと確信しましたね。

「民家でアニミズムの感覚を育てる試み」
 分園の里山は広さが1万坪ほどで、そこに築100年以上の古い民家を改修した「佐平館」という建物があります。そこで子どもたちは、里山を駆け回り、民家の中では日常は体験できない異体験をさせられます。  子どもたちは3歳になると、佐平館へ行きます。絵本の世界のような、何だか怖ーい感じを体験させるのです。  1、2歳児は葉っぱのお面でも怖くてパニックになってしまう。いっぽう、5歳児になると私が顔に付けたカッパのお面を見ても怖くなくて、「このカッパは頭が禿げてる、声が園長だ」と言って見破ってしまいます。それが3、4歳児ですと、「保育園にはカッパがいるらしい、つかまえようか」と全身全霊で考えるのですね。  そんな三歳児にカッパどころか、鬼やお化けが出てきそうな佐平館での体験をさせるのです。一年間それをやっておいて、四歳になったら今度はそれを忘れさせます。そのために、四歳児は佐平館へ入れません。そういう過程を経て五歳になったら 、佐平館に再登場させます。そうすると、子どもたちは「あれ、ここ来たことあるなあ」とあらためて佐平館を見直します。忘却期間を置いて、もう一度体験させることでしっかりと記憶が強化されるのです。印象を強めるためにあえて一旦映像を切ってしまう。そうすると再会したときに「知っているのに知らない、初めて会ったのに懐かしい」というとても素敵な感覚が生まれます。  この体験を通してこそ、屋根裏でポトンと音がしたら怪物がいるのではないかしらとか、闇夜を見てお化けがいるかもしれないと思い姿まで見えるようになるのです。  今は、闇夜を見て何も見えない子どもが多いですね。真っ暗な闇夜を体験していないから、わからない。だからお化けも想像できません。  ファンタジーの世界に遊ぶことができる三、四歳児、うそを見破ることができるようになる五歳児。私は佐平館で、アニミズムの根本になる体験を子どもたちにさせてやりたいと思っています。(後略)

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宮崎栄樹(みやざき・えいじゅ)

1948年千葉県生まれ。1978年より木更津社会館保育園園長を務める。 1999年より保育園分園の自然の中で「里山保育」を始める。約 1万坪の敷地内に里山保育の拠点である「森の家」と築 100年余の民家「佐平館」がある。里山で五感を育てるその取り組みは NHKの特集番組や記録映画の上映などで注目されている。活動は斉藤道子著『里山っこが行く—木更津社会館保育園の挑戦』(農文協)に詳しい。


  • 里山と民家体験が子どもの感性を育む/宮崎栄樹
  • 「これ木連」の伝統構法に関する活動(上)/フォーラムの成果と勉強会の開催
  • 飛騨の原風景を今に伝え未来に残す/住 昌樹
  • 備後イグサの再生に取り組んで/岡田吉弘
  • 「石工 上野 正さん/杉浦干城
  • 江戸の文化を伝える「神田の家」
  • 稲穂家が地域交流施設とっしてスタート
  • 読者のひろば 民家ネットワーク
  • 書籍紹介 『ずーとこの家が好きで暮らすー住まいの管理がつむぐ美しい生活』 /『エスノ・アーキテクチュア」
  •   
  • JMRA 2010年度通常総会報告
  • 「JMRA民家バンク」情報
  • JMRAイベント報告
  • 民家の宿、民家の店 カフェ&花の教室「くらら」/和風レストラン「山王茶屋」
  • 事務局ニュース
  • 小さなかやぶきの里を訪ねて 森田伊佐

2010年5月 9日 (日)

72号(2010年5月発行)

Cover_72 かぶと造りの民家
(長野県四賀村=現在は松本市)
撮影=中沢義直

巻頭インタビュー
茅葺き屋根を描ける物語を作りたい

絵本作家/飯野和好

ぼくは、秩父の農家で生まれました。戦国時代から続く山間部の小ぶりな半酪半農の家です。明治生まれの祖父が家の中のことや行事を全部仕切っていた。竈(かまど)や囲炉裏の火を絶やさず、竈には竈の神さま、囲炉裏には囲炉裏の神さま、外には氏神さまがいて、必ずお正月やお盆には、水やお餅をあげていました。そういう暮らしが当たり前にあったのです。
幼い頃、家の囲炉裏に大人が集い、話しているのを聞くのが楽しみでした。土間があって、上がり框(がまち)に囲炉裏があり、隣近所のおばさんやおじさん、薬売りや、家に来た人が、そこへ座ってちょっと話してお茶を飲んで帰っていく。奥まで行かないんですよ。寄る方も気楽だし、迎える方も構えずに済む。気軽に誰でも立ち寄って、漬物をつまんで今年の漬物のできはどうだとか、あそこの家では何があったとか、そろそろ種まきの時期だとか情報交換をして、長居しないで帰るんです。
そして、農作業が終わると、またそこでお茶を飲む。大人たちの汗のにおいと畑のにおい、そんないろんなものが混ざったにおいが好きだったなあ。囲炉裏端は、なかなかいい場所でしたね。

また、家が養蚕もやっていたので、夏になるとお蚕さんのために全部二階を開け放ち、どこからでも見えるようにして親たちが働いていました。ぼくもよく手伝わされました。夜なべ仕事も。子どもには子どもができる範囲でちゃんと仕事があった。勉強なんかは二の次。それが今は一番の宝物のように残っています。
いつも活気に溢れた家で、鶏やら牛、豚の声までにぎやかで、生きものがみんな一緒に生きているという感じでした。そんなにお金があったわけではないけれど、とても豊かな気持ちで、安心していられた。あんな暮らしができたのは幸せだったと思います。(後略)

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いいの・かずよし

1947 年埼玉県秩父生まれ。絵本作家・イラストレーター。『小さなスズナ姫』(偕成社1996)シリーズで第11 回赤い鳥さし絵賞、『ねぎぼうずのあさたろう その1』(福音館書店1999)で第49 回小学館児童出版文化賞を受賞。全国各地で股旅姿の絵本の読み語り講演、ブルース・ハープミュージシャンとしてもライブで活躍。

  • わが地域の民家(12)/飛騨市農村部の民家 山腰明彦
  • 登録文化財制度を民家活用にどう生かすか 後藤 治
  • 甲州民家情報館がオープン—山梨県甲州市上條集落—
  • ネパールの民家を訪ねて 小原公輝
  • 「これ木連」の伝統構法に関する活動(上)/国による伝統構法性能検証実験が実現  荻野邦彦
  • 民家再生事例/養蚕農家を風通りのよい住いに 長野県上伊那郡中川村 宮下邸 小畑正人
  • 夢をかなえて/子どもの頃の懐かしい雰囲気が味わえる家に 中川淳一
  • 読者のひろば 民家ネットワーク
  • 書籍紹介 『早川式「居住学」の方法—50年の思索と実践』/『乗兼広人 銅版画集—心のなかの風景』
  • 「JMRA民家バンク」情報
  • JMRAイベント報告
  • 民家の宿、民家の店 レストラン&ギャラリー「楽の蔵」/ そば処「二足の草鞋 地水庵」
  • 事務局ニュース
  • 小さなかやぶきの里を訪ねて 森田伊佐

2010年3月 5日 (金)

71号(2010年3月発行)

Cover_71 岩木山を額縁にして
(青森県岩木町葛原)
撮影=桜庭文男

巻頭インタビュー
伝統産業の「極める文化」が日本を支える

プロダクトデザイナー/喜多俊之

日本の伝統工芸の方々とお付き合いを始めてもう40年くらいになります。1960年代の後半からですが、その頃伝統工芸がいちばん衰退の激しい大変なときでした。現在では人々の認識が変わりつつありますが、当時は「古いものは時代遅れ」という考え方が一般的でした。
知り合いになった美濃の和紙職人の方が「もうやめようと思うんですよ」と言うのを聞いて「何か使い方を考えてみます」と約束しました。その年から私はイタリアに行くことになっていました。それで、向こうで照明器具のデザインをする機会があったときにその職人の紙を使ったのです。インテリアブームが始まっていた現地でそれがヒットしたのです。 その職人さんの元に大量の注文が来るようになりました。そのとき、それを見て、使えば日本の伝統工芸も生き延びる道があるのだということに気が付いたのです。
これが契機で、そのあと輪島の漆塗、佐賀の有田焼など、産地の方々とお付き合いが続きました。伝統工芸の仕事をライフワークとしてやろうと決心したのも、その和紙を使った照明器具TAKOのヒットにありました。

私が六〇年代後半に渡ったイタリアは、戦後の復興から立ち直って、新しいものだけでなく過去の古いものの値打ちに人々が注目する時代に入ったときでした。時間のたったものほど値打ちがあるとして手に入れたいと考えはじめた頃でした。都市や山間部、漁村にある値打ちのある家などを、行政が保存の手を差し伸べ、またそれらに共感する人は買い始めていました。(後略)

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きた・としゆき

1942 年大阪市生まれ。1969 年より、プロダクトデザイナーとして、日本にとどまらずイタリアを始め、国際的 に制作活動を拡げていく。家庭日用品、家具、液晶テレビ、ロボットに至るまで、多くのヒット商品を生む。作品は、ニューヨーク近代美術館、パリ国立近代美術館、ミュンヘン近代美術館などに多くコレクションされている。近年は、大阪芸術大学にて教鞭をとるほか、中国でのRed Star Award 審査委員を務めるなど、教育活動にも力を入れている。長年にわたり、日本の伝統工芸、地場産業の活性化に関わる。近著に『地場産業+デザイン』がある。

  • 「フランスの美しい村々と民家を訪ねる旅」から/フランス民家協会との実り多い交流 佐藤彰啓
  • フランスの古民家事情 日塔和彦
  • ようこそ民家園へ(1)/全国各地の民家を集めた野外博物館 奥山淳三
  • 民家再生事例/特別なことでない民家再生へ 静岡県藤枝市 F邸 杉村喜美雄
  • この人この仕事/石積み工 霜村次朗さん 杉浦干城
  • 読者のひろば 民家ネットワーク
  • 書籍紹介 『それでも「木密」に住み続けたい』
  • 「JMRA民家バンク」情報
  • JMRAイベント報告
  • 民家の宿、民家の店
  • 事務局ニュース
  • 小さなかやぶきの里を訪ねて 森田伊佐

2010年1月 9日 (土)

70号(2010年1月発行)

Cover_70 雪解けの里(三津谷の煉瓦蔵)
(福島県喜多方市)
撮影=金田 実

巻頭インタビュー
見直したい、自然や歴史と連帯した家づくり

哲学者/内山節

群馬県の上野村と東京との二重生活をして40年近くになります。ヤマメやイワナを釣りに行った上野村が気に入り、「ここで暮らすのもいいかな」といった感じで住みはじめました。いまは畑を150坪くらい作っています。庭から続く山も一ヘクタールくらいあって、急傾斜ですが、とても使いやすい。キノコもたくさん採れます。都会に比べたら、村 の暮らしのほうがはるかに面白いですよ。
わが家は築100年はたっているとはいえ、いわゆる「古民家」の雰囲気はなくて、当時やっつけ仕事で造ったような家です。決していい材料を使っているわけではありませんし、本職の大工さんではなくて「大八」が仕事をしたと思われる造りです。大工まではいかないから九の前の八。昔は、農業などの傍ら、頼まれるとちょっとした大工仕事もする人たちが村には結構いました。
その程度の家が、100年たってもまるでガタがこない。隙間風は入りますよ。だけど、基本はしっかりしています。手抜きの家でもちゃんともつことに感心しています。

私は、北海道から九州まで山村を泊まり歩いて釣りをしていた頃に、村の人からいろいろ話を聞くことができました。そこではしばしば、キツネにだまされた村人の話が出てきました。ところが、1965年頃以降、そういう話をまったく聞かなくなりました。それは日本全国一斉の現象です。私は、この頃を境に「キツネにだまされた」と当たり前のように話す「人間と自然との関係」がなくなったと見ています。(後略)

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うちやま・ たかし

1950 年、東京都生まれ。都立新宿高校卒。哲学者。1971 年に群馬県上野村の古い家を譲り受け、東京と往復しながら暮らす。元立教大学異文化コミュニケーション研究科特任教授。NPO 法人「森づくりフォーラム」代表理事として、森林ボランティアならではの森とのかかわり方についても提 案している。JMRA 特別会員。
著書に『自然と労働』『森にかよう道』『貨幣の思想史』『戦争という仕事』『哲学の冒険』『怯えの時代』『日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか』ほか、多数。

  • 「民家フォーラム2009」特集:緑豊かな福島県に全国から200人が集まった
  • シンポジウム/ 基調講演:イギリスに限界集落はなかった 犬伏武彦
  • シンポジウム/ 事例報告・討論:民家を生かす、地域をおこす 松浦猛将・江花圭司・山田哲矢・原啓
  • オプショナルツアー報告:蔵のまち喜多方を巡る/ いわきの民家を巡る
  • フォーラムにかけた私たちの思い 宗像智加枝
  • シリーズ・民家トラスト(2) 庄屋の建物を地域の交流の場に<島根県邑南町稲積家住宅のイベントに参加して>
  • 読者のひろば 民家ネットワーク
  • 書籍紹介 『新訂・日本建築』/『つみきのいえ』
  • 「JMRA民家バンク」情報
  • JMRAイベント報告
  • 民家の宿、民家の店
  • 事務局ニュース
  • 小さなかやぶきの里を訪ねて 森田伊佐

2009年11月 1日 (日)

69号(2009年11月発行)

Cover_69 水引集落の茅葺き民家(福島県南会津
郡南会津町<旧舘岩村>)
撮影=桜庭文男

巻頭インタビュー
子どもたちを食べ物が育つ土で遊ばせたい

俳優/永島敏行

僕は、千葉市の海辺で生まれ育ちました。両親が営む旅館は、海が近く湿気対策のためでしょう、床下が三尺もありました。建てられてから80年は経っているので古民家のようなものです。縁側が好きでしたね。庭にはカニが住んでいて、学校に上がる前はカニが遊び友達でした。
いまは埋め立てられていますが、子どもの頃は遠浅の海が続いていて、潮が引くと海の中を6キロ近く歩いていけた。
アサリをとってきて味噌汁に入れたり、食卓には東京湾の海の幸が並びました。海苔、イワシ、アジなどの小魚、それにヒラメ、カレイ、ワタリガニ、エビ類…、みんな地元のものです。

いまの東京ではいろいろなものが食べられますが、自分が何を食べて育ってきたかがわかりにくくなっている。自分の生命を支える食べ物との距離が遠くなっているのではないかと思います。
海も暮らしから遠くなった。銀座からは10分ほどで海に出られますが、ここで獲れた食べ物を口にすることも、子どもたちが遊びに行くことも、まずありません。土も遠くなった。公園に土はあっても、食べ物を育てる土ではないですよね。
夏になると、岬にある親戚の家に遊びに行きました。元は網元の家だったというそこも、やはり、床下は三尺。高台に建つ灯台のような家で、海が遠くのほうまで見えました。
子どものころの体験で、その後の生き方が決まっていくような気がします。僕は、感性も含め東京湾の恵みに育てられたと思っています。(後略)

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Face_69

ながしま・としゆき

11956 年、千葉県千葉市生まれ。俳優として、映画、テレビ、ラジオ、舞台と幅広く活動。中学から大学まで野球部に所属。映画『ドカベン』でデビューし、1978 年に主演した『サード』で新人賞を多数獲得。
1995 年に千葉県成田市で「永島敏行稲作り体験教室」を開始。2005 年に有限会社青空市場を設立。現在、「産地発! たべもの一直線」(NHK)の司会も務めている。

  • フランスの村々と民家を訪ねる旅 長谷川順一
  • 我が地域の民家(11) 岩手県の曲がり家 佐々木文彦・吉田晃
  • 民家再生事例 雪国の農家を富士山の見える地に 静岡県田方郡函南町 花上邸
  • 民家再生事例 高齢者も暮らしやすい田の字型民家 千葉県鴨川市 苅込邸
  • 夢をかなえて 土地の文法で建つ民家は体にいいらしい 藤井浩
  • 「JMRA民家バンク」情報
  • 読者のひろば 民家ネットワーク
  • 書籍紹介 『神去なあなあ日常』ほか
  • JMRAイベント報告
  • 民家の宿、民家の店
  • 「民家フォーラム2009」協賛広告、名刺広告
  • 日本民家再生協会2008年度活動報告・決算
  • 事務局ニュース
  • 小さなかやぶきの里を訪ねて 森田伊佐