75号(2010年11月発行)
「筑波派」の茅葺き民家(茨城県かすみがうら市出島地区)
撮影=清沢和弘
巻頭インタビュー
民家は活用してたくさん残してほしい
建築文化史家/一色史彦
私の民家の原体験は、終戦直後の5歳から10歳頃のことです。茨城県の土浦市内に住んでいたのですが、食料不足の時代で両親に付いて近在の農家によく買い出しに行きました。いもや野菜などを母の反物と交換で手に入れ、帰り道で振り返ると、茅葺きの農家から夕餉の準備で湯気や煙が立ち昇るのが見えて、「ああ、豊かだな」とうらやましく思ったものです。
私は、建築史の勉強をしていた大学院生のときに民家調査をしましたが、そのときに初めて実物に手で触れて、民家の奥行きの深さを知らされました。その喜びは、書物を読んで知るのとは全然違うものでしたね。
その後、茨城県の文化財保護審議会の専門委員や審議会委員として県内の民家調査に当たり、これまで10軒の民家を国の重要文化財指定にすることができました。当時、調査をさせてほしいと農家にお願いすると、ほとんどが「見せるほどの家ではない」と断られましたね。ですから、最初は外側だけでも調査させてくれと頼んで始めるのですが、そのうち気持ちが通じてきて、ご主人が「おれは本当はこの家が好きだ」と言って家の中を案内してくれるのです。
それでも、重要文化財指定となると、断る人が多かった。そういう人が、後になって「壊さざるを得なくなったけれど、行政で引き取ってもらえないだろうか」と私のところに相談に来るのです。価値あるものだということに気付いているのですね。それで、あちこちの町や村に声をかけるのですが、どこも引き受けてくれません。つい「私が引き取りましょう」と言ってしまうのですから、8軒の民家を解体費個人持ちで引き取り、家内の実家の農家に倉庫を建てて保管することになってしまいました。(後略)
いっしき・ふみひこ
1940年東京都生まれ。1963年東京大学工学部建築工学科卒業、1968年同大学院博士課程中退。1968 〜82年東京都立大学に勤務し、その間東洋大学、筑波大学で日本建築史および都市史の講師を務める。1980年建築文化振興研究所を設立(土浦市)。1982年常陸七福神、1992年佐竹七福神を設立。
茨城県文化財保護審議会委員のほか、各地の地域総合開発計画委員会委員など各種の委員を歴任。民家、神社仏閣に関する調査報告は多数にのぼり、建築文化史家として、また七福神語り部として講演活動を行っている。
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