会長・特別会員

会長・特別会員

会長 大林 宣彦(映画作家)

 僕は、海外で良い言葉を聞きました。「make a philosophy」「思想を造る、魂を造る」ということ、これが文化だと。形ではなくフィロソフィーとして、人と人とが本当に仲良く、穏やかに、しかも「隣は何をする人ぞ」という隣の人までも許し合えるような中で共に生きていく社会を作る、その思想を今仮に民家の再生を見つめることで学んでみませんかということで伝えていく。
3・11を経験して、日本人は当たり前の穏やかな暮らしがいかに大事であったかということに初めて気づき、思い知らされ、日本人としての日常に戻りたがっている。古い民家に託しているけれど、民家の話ではなく、民家の暮らしの話、文化の話であるということに、今みんなが耳を傾けたがっている。その思いを受けて、日本民家再生協会(JMRA)も民家に託された日本人再生のフィロソフィーを伝えられるチャンスではないかと思います。
(『民家』86号特別インタビュー「民家に託して伝えたいこと」より抜粋)

プロフィール

1938年広島県尾道市生まれ。少年時代に8㎜フィルムキャメラを手に入れ、個人映画の製作を始める。上京後、画廊・ホール・大学を中心に上映された自主製作がジャーナリズムで高い評価を得る。『喰べた人』(1963年)はベルギー国際実験映画祭で審査員特別賞を受賞。1960年代後半から「マンダム」などのTVCMを手掛け、その数は2000本を超える。1977年『HOUSE』で劇場映画にも進出。故郷で撮影された『転校生』『時をかける少女』『さびしんぼう』は“尾道三部作”と称されている。『ふたり』『異人たちとの夏』、『青春デンデケデケデケ』(1992年)で平成4年度文化庁優秀映画作品賞、『SADA』でベルリン国際映画祭国際批評家連盟賞、宮部みゆき原作『理由』(1904年)で日本映画批評家大賞・監督賞、藤本賞奨励賞を受賞。その他『なごり雪』『22才の別れ Lycoris葉見ず花見ず物語』『転校生 さよならあなた』『その日のまえに』。第21回日本文芸大賞・特別賞受賞の『日日世は好日』など著書多数。
現在、倉敷芸術科学大学で客員教授を、尚美学園大学大学院では教授に就任中。また毎年開催される北海道芦別市での「星の降る里・芦別映画学校」では校長も務めている。2004年春の紫綬褒章受章、2009年秋の旭日小綬章受章。

JMRAの特別会員をご紹介します

JMRA活動を広めていくため、広範な分野でご活躍の方々に
特別会員としてご協力をいただいています。

市毛良枝、内山節、大宅映子、喜多 俊之、C.W.ニコル、日塔和彦、
浜美枝、林望、降幡廣信 (敬称略、五十音順)

市毛 良枝(俳優)

人が人らしく生きるお手本は昔の暮らしの中にある。
古民家の暮らしには、人が主役の営みがあり、現代人が不便と感じることにこそ、ものごとの真理が宿っているような気がする。
ほんの少し、後ろむきに生きてみようと思う。

プロフィール

静岡県生まれ。本名も同じ。文学座付属研究所を経て、1971年テレビドラマ「冬の華」でデビュー。最近では映画「椿山課長の七日間」、フジテレビ系「牛に願いを?Love&Farm?」などに出演。1993年にはキリマンジャロ登坂に成功。著書に『山なんて嫌いだった』がある。
      

内山 節(哲学者)

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かつての日本の社会には、わが家の永遠性や村の暮らしの永遠性に対する確信がありました。自分たちを守ってくれているものへの感謝を込めた祈りといってもいい。その祈りの中で家を造り、暮らしをつくり、村をつくってきた。これを戦後の日本人は失った。こういうものを投げ捨ててしまうと、永遠性は見えなくなり、功利的な面ばかりが見える。そうすると、どちらが便利かという話ばかりになっていきます。

プロフィール

1950年東京都生まれ。1971年に群馬県上野村の古い家を譲り受け、東京と往復しながら暮らす。在野の哲学者として、今日の社会システム、地域、農林業について発言を続けている。NPO法人「森づくりフォーラム」代表理事。
著書に『自然と労働』『森にかよう道』『貨幣の思想史』『戦争という仕事』『哲学の冒険』『怯えの時代』『日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか』ほか、多数。

大倉源次郎(能楽師)

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静岡では、富士山が世界文化遺産に登録されたのだから県民は「羽衣」の謡いを謡えるようにしましょうと、静岡大学のグループが付属の小中学校で実験をしています。
謡いも子どものうちから馴染んでいったら諳んじるわけです。それで、休憩時間に、謡いのテープを3分ほどにして、毎日聴かせる。それを5回、10回聞かせた後で、「みなさんで謡ってみましょう」とCDに合わせて一緒に謡えば、みんな謡えるのです。そのあとに、プロの先生が学校に出かけて行く機会を作ってあげる。
そこでは、お稽古は「よろしくお願いします」と始まり、「ありがとうございました」で終わりますよと教えます。「よろしくお願いします」と自分から声をかけた以上、「あなたが頼んだのだから先生の言うことが絶対ですよ」ということも教えます。
その時に、姿勢を正して節はこうやって謡うのですよと言うと、子どもたちはそこでうまくなるのです。そうしたら、心から「ありがとうございました」と言えるようになります。
伝統芸能の私たちが教育の現場に行くということは、謡いを教えるのではない、物事を学ぶことの大切さと、感謝の念に基づいた挨拶を教えるためであり、美しい日本語を伝えに行くのです。
子どもたちが謡いを謡うようになれば民家は残ります。私は絶対そう思います。(『民家』94号「巻頭インタビュー」から抜粋)

プロフィール

1957年大阪生まれ。能楽小鼓方大倉流十六世宗家(大鼓方大倉流宗家預かり)。公益社団法人能楽協会理事。流派を超えて21世紀の能を考える「能楽座」座員。20代より能公演はもとより、誰もが日本文化である能と気軽に出会えるよう「能楽堂を出た能」をプロデュース。新作能、復曲能にも数多く参加。海外公演延べ20カ国30ツアーを超える。子ども向け能楽体験講座など各地で開催。

大宅 映子(評論家)

ことさらに自然との共生とか言わなくても、民家のような家に住んでいたら自然に身につくはずのものがあると思うのです。それがマンションでは身につかない。判断力もつかないし、寒さ暑さに耐えられないし、人間がヤワになってしまって、緊張感もなくなって、いまの日本が変なところにきているのは、そんなことが原因じゃないかと思っているのです。

プロフィール

1941年東京生まれ。国際基督教大学卒業。国際問題・国内政治経済から食文化・子育てまで幅広い分野で評論活動を続ける。「教育改革国民会議」「道路関係四公団民営化推進委員会」ほか各種審議会委員を努める。
TBSテレビ「サンデーモーニング」にレギュラー出演のほか、テレビ・ラジオでも活躍。著書に『私の雑草教育』『だから女が面白い』など多数。

喜多 俊之(工業デザイナー)

伝統産業には日本独特の「極める」、つまり職人たちが極めていくという文化があります。次代の日本のものづくりの土台を支えるのは、この「極める」という心だと思います。
古民家には、人々の生活の知恵が詰め込まれています。それらを簡単につぶしてはいけません。現在、世界的にエコが言われているなかで、日本の役割は大きいものがあります。古民家は私たち日本のためだけにあるのではなくて、世界のためにあるということに、私たち自身も目覚める必要があります。
(『民家』71号「巻頭インタビュー」から抜粋)

プロフィール

1942年大阪市生まれ。1969年よりプロダクトデザイナーとして日本にとどまらずイタリアをはじめ国際的に制作活動を広げる。
家庭日用品、家具、液晶テレビ、ロボットに至るまで多くのヒット商品を生む。作品はニューヨーク近代美術館、パリ国立近代美術館、ミュンヘン近代美術館などに多くコレクションされている。
シンガポール、タイ、中国政府のデザイン顧問を務める。
大阪芸術大学デザイン学科教授。
長年にわたり、日本の伝統工芸、地場産業の活性化に関わる。近著に『地場産業+デザイン』がある。
2011年、イタリアCompasso d'Oro [carriera internazionale]賞 受賞

C.W.ニコル(作家)

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私が長野県の黒姫に居を移してから21年になりますが、そのころは茅葺き民家がたくさんありましたね。いまはほとんどありません。本当にもったいないと思います。イギリスでは、古い家を壊すことは考えられません。日本人の美意識はどこに行っちゃったかなと思います。

プロフィール

1040年イギリスウェールズ生まれ。17歳でカナダに渡り、カナダ政府の技官として北極の海洋ほ乳類の調査・研究にあたる。1980年長野県黒姫に居を定め、執筆活動を進める。1995年日本国籍を取得。2002年 (財)「C.W.ニコル・アファンの森財団」設立。著書に『勇魚』『盟約』など多数。

日塔 和彦(文化財建造物修復技術者)

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いまや民家再生は熱いブームとなっていますが、私の専門である歴史的遺産の修復技術面からは、危ういような点が多々みられます。歴史のある古民家を扱う場合には、最低守るべき技術的要素があります。このことは、文化財として修復する場合は当然ですが、再生や耐震補強などでも同様です。
それは、建物の持つ歴史性を正しく把握し、それを次世代にまで繋げるような計画を立てることです。しばしば歴史性を無視した、これが民家再生かと疑問を持たざるをえない例をみます。国民の財産でもある歴史的遺産を再生という名のもとに壊してしまうのは残念なことです。
日本民家再生協会は再生の質を引き上げることも重要な任務と考えますので、今後に期待します。

プロフィール

1946年山形県生まれ。千葉大学工学部建築学科卒業。建設会社勤務などを経て、1972年 (財)文化財建造物保存技術協会に第1期生として入る。専門は文化財修復技術。研究テーマは茅葺きの技術保存、分棟型民家の研究など。現在は同協会を退職して東京芸術大学客員教授。著書に『北陸の住まい』『ヨーロッパの茅葺きとその技術』などがある。

浜 美枝(俳優)

今日、こうして民家再生の時代を迎えて、日本人もそんなに捨てたものではないと思えるようになりました。日本の古きよきものを今という時代に捉えて、新しく民家を再生して暮らしやすくという時代が来たことは本当によかったと思います。

プロフィール

1943年東京生まれ。1960年東宝よりデビュー。1967年映画「007は二度死ぬ」ほか映画、テレビに多数出演。現在、文化放送ラジオ「浜美枝のいつかあなたと」に出演中。1977年に北陸3県の民家を箱根に移築再生。農林水産省「美の里づくりコンクール審査会委員」、食アメニティ女性ネットワークの会会長などを努める。農政ジャーナリストの会会員。著書に『浜美枝 農と生きる美しさ』など多数。

林 望(作家)

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イギリスも19世紀に高度経済成長の極致に達して、そこから斜陽国に転じてきたのですが、そのなかで新しいものをどんどん作るよりは、古いものをうまく再利用しながら使っていく、そこで文化の継承をしていくのがいいと考えが変わってきた。日本もその100年後を歩いているのではないか。ですから、建物に対する我々の意識を変えていく必要があると思います。

プロフィール

1949年東京生まれ。慶應義塾大学博士課程修了。ケンブリッジ大学客員教授、東京芸術大学助教授等を歴任。専門は日本書誌学・国文学。著書『イギリスはおいしい』で日本エッセイスト・クラブ賞受賞。エッセイ、小説のほか、詩、能楽、自動車評論等、著書多数。主な著書は『私の好きな日本』『思い通りの家を造る』など。

降幡 廣信(建築家)

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私は、日本には日本固有の文化としての家があるべきだと思っています。ところが、今つくられている新しい住宅にはそれが感じられません。本来、文化としての家というものは、伝統のなかにあってはじめて生まれるものです。
戦後の日本は、戦災で住む家がなくなって、雨露をしのげる家さえあればいいということがありました。そこに今、日本固有の住宅がなくなっている原因があると思います。戦争で住まいの伝統が途絶えたのですから、そこをどう埋めていくか。唯一の方法は、伝統でつくられた時代の民家を再生することだと思います。
日本民家再生協会のみなさんが、日本の文化としての住いをつくっていくのだという使命を自覚し、運動を広げていってほしいと思います。

プロフィール

1929年長野県生まれ。1953年関東学院大学建築科卒業。同大学建築学教室助手をへて、1961年家業の山共建設(株)を継ぐ(三代目)。1963年降幡建築設計事務所を設立、所長に。「民家再生」を提唱し、先駆的役割を果たす。著書に『民家の再生―降幡廣信の仕事』『現代の民家再生』『民家再生の設計手法』『古民家再生ものがたり』『民家再生の実践』などがある。